日本を覆う貧しさの断片

2022/11/08

 

かつての日本は、平均的な年収があればリッチとまでは言わないまでもそれなりに豊かな暮らしができると言われておりました。


しかしながら、現代の日本は長引く経済的停滞と社会の疲弊から平均的な賃金では安定した暮らしが手に入らないという水準まで落ちて来ました。


技術的発展やネット社会の恩恵で、生活の水準は上昇しているはずにも関わらず「豊かさ」を感じることができない貧しさが社会を覆うようになりました。


バブル期の影響もあり過去が過度に美化されている点も無視できませんが、グローバル化によってフラット化する社会の中で先進国の中間層は、富裕層になれなければ貧困層側に引き寄せられるという宿命を背負い、実際にその通りの動きになったのが冷戦終結後の世界ではなかったでしょうか。


この界隈でもスタバや有料の飲料ではなく、水筒に水道水そして粉末緑茶が蔓延っていたように、目指す豊かさのために何かを犠牲にした行動に出ていることもあるかと思います。


平均が意味をなしていない調査結果というものも存在しますし、数字で測れない部分の豊かさが高まっている層や地域もあるため、実際の格差というのはさらに目に見えづらいものとなっております。


投資も所詮は手段の一つにすぎませんので、手段が目的化してはいけません。


そうは言いつつもマネーゲームの宿命に絡め取られている方が多いのではないでしょうか。


投資ブログやセミリタイアブログから醸し出される貧しさは、その断片です。

QooQ