かつては「有事の円買い」と安全通貨として持て囃された日本円の姿は過去のものとなりつつあり久しいです。
この円高によっては日本の消費者は長らく守られてきましたが、その一方で輸出関連企業等はその体力を削がれ国内産業の空洞化につながったと指摘されております。
とは言え、これだけ災害が多い国に生産拠点を集約していてはリスク分散という意味では危険であったことに違いはありません。
その意味において日本人は、いくら自国通貨だからとは言え日本円に過度に頼りすぎていたのかもしれません。
では他国の通貨への分散、あるいは日本株・米国株ひいては世界分散、「有事の金」のような現物も含め他のアセットを頼れば良いのかと問われると、絶対的に安全な資産というものは存在しないのです。
株式にもゴールドにも神話が付き纏う以上、そこに完全な安全は存在しません。
安全資産信仰が消えた時に心の平静は保たれるのかもしれませんが、それは市場が宗教や哲学と同様に信仰や思想で支えられていることの現れででしょう。