
これだけ財政政策や金融緩和が行われたにも関わらず、デフレから脱却できない日本という国は、何か別の問題点を探さなくてはならない気がしないでもないですが、結局のところ「病」も「経済」も「気」からということでしょうか。
いわゆる第三の矢として期待されていた構造改革の遅れが、全体の政策の足を引っ張っているという説明に終始し、本質的な問題の解明に向かわないのが一般的な報道での説明ですが、その原因を突き詰めると結局はバブルの後遺症なのだと思います。
おそらく当ブログの読者層はバブルを知らない世代が多いと思いますし、書いている当人も知りません。
経験とは非常に貴重なもので、現場に立ち会った当事者でなければ体感することのできない感覚というものがあります。
伝聞や映像、書物で得られる見地というものも重要ではありますが、百聞は一見に如かずとは良く言ったもので、実体験ほど強い経験はないのです。
投資においても倹約は美徳でありますが、信託報酬の値下げ競争やパッシブ運用の推奨が金融機関の傲慢な体質に矛先が向かっているのではなく、デフレマインドから人気を博しているのであれば、それは考えを改めた方が良いかも知れません。
散財と同様に不必要な節約もまた人生のクオリティーを低下させて行きます。
投資も消費もはたまた浪費であったとしても、価値のある使い方をしなければ、社会は良い方向に向かいません。
一見すると些細なことに感じるかも知れませんが、一人ひとりのお金の使い方の総和がその国経済なのですから。