日本が成長を犠牲にして手に入れた社会インフラ

2023/01/09

 

先進国で持て囃されるミニマリズム的なライフスタイルは、その地域に豊かな社会インフラが整っているが故に手に入れられる贅沢だということは不文律となっております。


キャンプだのロハスだの自然や農業を持ち上げるグリーンな社会運動も確かに大切ですが、それは飼いならされた自然に対峙する記号の消費であり、激甚化する自然災害を前に本気で自然と向き合うと、エコだのクリーンだの綺麗事は通用せずひたすらに非経済的な現実が待ち受けております。


日本人が経験しているGDP的なシュリンクによる周辺国からの没落は、北欧や英国でも経験した事象です。


単純な比較はできませんが、日韓・日台関係なんかは英国とアイルランドの関係を見れば非常に分かりやすく学ぶべきものが多くあります。


この議論は20代と30代では見えている世界が異なりますし、40代や50代やそれ以上でも社会に出た時期が好景気か不景気かで別世界が広がっていることでしょう。


どこに豊かさを見出し追求して行くのかで人生のクオリティーも変わって行きます。


GDPの尺度だけで生きて行くと不幸ですが、当ブログの読者層はGDPの停滞など何処吹く風で投資で稼ぎ出し金銭的な豊かさは享受することができることでしょう。


ただし、それが必ずしも人生の豊かさに繋がるとは限らないのが生きることの難しさなのだと思います。

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