別に米ドルであろうと人民元であろうとビットコインであろうと子供銀行券であろうと、流動性が担保され価値交換がしっかりとできるのであれば、本質的には通貨なんてものは何でも良いのです。
そう簡単には言うものの、それを実現することがどれだけ難しいことかは、各国政府や国際機関あるいは広い意味での市場関係者の方々が痛感していることでしょう。
通貨はそれ自体に価値があるのではなく、価値を計量的に示す道具に過ぎないというのが当ブログのスタンスですが、実際はその道具に人生を振り回されている方が多いのが現実です。
もちろん本質を認識していたところで、人生は細部に宿っているかもしれませんので、振り回されている人生に「生」を感じて日々を過ごしている方もいらっしゃるでしょう。
証券口座に増える金融資産に何を見出すのか、保身や安心なのか、新たな挑戦のためのタネ銭なのか、ゲーム感覚で増やしているだけなのか、答えは人それぞれだと思います。
最近はすっかり古い言葉となってしまいましたが、「現金はゴミ」という言葉は下らない通貨覇権にこそ用いたい言葉です。